でーれーすげーげー

岐阜県岐阜市に在住です。ブログ名は、岐阜市近辺の方言で、とても感嘆したときに発する言葉です。

個人の問題だけではないはずなのだが

過労死の事件とそれに対する対応や、ワークライフバランスなど、がりがり働くばかりではない世の中にしなければ、という動きがあれこれある。

ただ、自分が見ていて気になるのが、それらの問題を「個人的な対処で解決しよう」という動きが強すぎることである。

過労死に対しては「とにかく逃げるしかない。あなたがやらなくても誰かがやれるのだから」という論調がある。緊急避難的にはそれは絶対必要で、意義も分かるのだが、「あなたの仕事は他の誰かが出来る」と言われると、それって何か違うのではない? と思ってしまう。

実際の所、他の人でも出来るには違いない、しかし、今日誰かがやめて、明日それをすぐ別の人が補完できるような仕事や組織って、どれくらいあるのだろうか?

逆に言えば、今日誰かがやめて、明日他の人が引き継げるように準備している組織がどれくらいあるのだろうか? ということだ。

追い込まれれば、緊急避難的に逃げるのはありだ。死なないためにはそれをやるしかない。しかし、それに対応できるようにしている会社はどれだけあるのだ? それに対応できないような会社に非はないのか?

「あなたの仕事なんか辞めても、他の人が出来るから」と気軽に言う人もいるが、会社組織を知らないのだろう。問題は、過労死に対して組織が「他の人がすぐ出来る体制」を作っていない事だと思う。

これはある意味個人に対するジレンマで、「自分がやらなくても他の誰かがやれる」というのはその組織に居続ける理由をそぐことになる。とはいえ自分しかやれない組織では、万が一の場合追い詰められる。

そういう、「個人と組織の関係・組織が個人とどう向き合うか」という問題のように思うのだが、世の中、万が一の場合逃げれば良い(それはそれで絶対必要なのだが)とか、ワークライフバランスを考える個人向けのセミナーとかが多いように思う。

ワークライフバランスを考えながら収益を上げる、そういう「高度なバランスを取るための企業経営セミナー」というのはあるのだろうか?自分が知らないだけかな?やれている企業があるとしても、そのノウハウは「企業秘密」の壁があるかも知れない。

「いざとなったら逃げよ」というのは必須だとしても、本当に誰かがすぐにその穴埋めを出来ているのか? 出来ているようで実は組織的に「ごまかしている」ケースが多くないか?

個人にあまり負担をかけず、組織として正常に存続でき、かつ収益も上げられるような企業にするにはどうすべきか、といった高度な議論がないまま、企業は変わらず個人は逃げ出す、それでは社会が長続きしないようにしか思えない。