マスターカードで樹木希林さんがやっているCMがある。子どもに貴重な体験をさせてあげたら、それがその子の人生を変えるかも知れない、というものだ。
子どもの時の記憶や体験が、人生に影響を与えることがあるのだろうか?
そう思って自分の子どもの頃を考えると、今の仕事につながったんだろうなあ、という体験があることに気付いた。
漫画雑誌などの裏表紙に、怪しげなグッズがいっぱい並んだ通販広告が載っていた。その中にロケット型ラジオ、と言うものがあった。
世の中に小型のトランジスタラジオはあったが、子どもが買う物ではなかった。もちろん自分だけのラジオ・テレビなどという時代でもない。でも、そのラジオは小遣いで買えそうなものだった。
届いたラジオは、ゲルマニウムラジオだった。電源は要らないが、聞くのはクリスタルイヤホンで、チューニングはコイルに突っ込むフェライト棒の深さで行う。そのフェライト棒がロケットの先端に付いていて、先端を出し入れして選局するものだった。
使うにはコツが要った。よく混信するし、アンテナ線を延ばしたりする必要があったが、天井の照明の電線に巻き付けると良く聞こえるようになる。その頃私は二段ベッドの上で寝ていたので、照明が近い。それにアンテナ線を絡ませると良く聞こえた。
何も細工が無いだけ、ゲルマニウムラジオにクリスタルイヤホンという組み合わせは、想像以上に音質が良い。AMラジオと言えばバックに何か微妙なノイズが入っている音質を思い浮かべるが、あれは周波数変換をしたりしている影響である。そういう操作が一切ないゲルマニウムラジオは、澄んだ深い音が聞こえるのだった。
イヤホンでしか聴けなかったが。
それを使って、寝る前に深夜ラジオを聞いた。深夜と言っても小学生だから、夜9時後半とか、10時代ぐらいでしかなかったが。
なぜ聞こえるのか? 何でこんな簡単なものから音が聞こえるのか?。理屈は全く分からなかったが、そのシンプルさが私には非常に不思議で奥深い世界に思えた。
それがきっかけだったのだろう。中学生になり、ラジオ組み立て通信教育を親にねだって受講したり、電子工作の雑誌を買ったりしだした。当時普及しだしたデジタル工作でルーレットゲーム作り、学校でみんながそれを真似したりした。
その後それが仕事になり、今に到っているのだが、数年前中学時代の同級生何人かと旅行した。みんな電子機器の仕事をずっとやってきているのだが、そのきっかけの話になったとき、
「君が作った、バケツラジオやルーレットゲーム、あれがみんなのきっかけだったんだぞ」
と言われた。そうかも知れない。さらにその元は、怪しげな広告に引かれて買ったロケットラジオに違いない。
端から見てすごい体験や、得がたいものが必要なわけではない。不思議に思ったことや、ちょっとした感動がきっかけで何かをしたいと思ったときに、あれこれ言われずにやらせてもらえるかどうか、が大切なのだろう。
私は子どもたちにそうさせているだろうか? そんなにあれこれ文句をつけているつもりはないが、子どもの目から見たらどう見えるか?
あまり胸を張れる自信はない。