でーれーすげーげー

岐阜県岐阜市に在住です。ブログ名は、岐阜市近辺の方言で、とても感嘆したときに発する言葉です。

幻覚と錯覚

母はレビー小体型認知症で、幻視や幻聴を頻繁に感じています。症状がひどくなってきた当初は見えるし怖いし訳がわからなくて、だいぶ混乱していました。いるはずないやろ!全部幻覚だわ!と私が母に対しどなったり怒ったりするときもありました。

治療を初めて少し症状が改善されたような気がしますが、四六時中見えているらしいのは変わりません。時々、私にも「なんとかしてちょうだい」と言ってきますが、病気だけになんとも難しいです。

認識できれば改善できるかも、と思い、レビー小体型認知症について書かれたわかりやすい本を貸してみました。それなりに読んだようで、自分の見えているものが「認知症のせいかもしれない」と思う時もあるようです。

とはいえ、ずっと見えているので、不快だしうっとうしいし腹が立つ、が続き、あまり改善されません。時々は「これが認知症なのかね」と納得しようとしますが、それで自分の幻覚がなくなるわけでもありません。

「病気なのかも」「認知症なのかも」と思っても見えてしまう、という母の状況をみていて、ふと、似たようなことが健全な人にも起きることがあるのに気づきました。

目の錯覚、「錯視」と言うやつです。

ja.wikipedia.org

錯視、例えば上のWikipediaに出てくるミュラー・リヤー錯視は、赤の部分の長さは一切同じなのに、図ごとに違った長さに見えます。ツェルナー錯視は、横線が平行には全く見えません。

錯視のすごいところは、理屈を知っていても、決して錯視をふせげないことです。わかっていても、いつ見ても、だまされないように真剣に見ても、長さが違って見え、平行線には見えない。知識では感覚をコントロールできないのです。

今の母はこんな状態なのかな。

母自身がレビー小体型認知症、とわかっていても、幻視や幻聴がある病気だと知っても、見えるものは見えて不快になってしまう。知識では感覚がコントロールできない、という点は、錯視と変わりません。

母の頭が、幻覚を感じるようになってしまったのは仕方がないし、今の医学では完全には治せません。この状態とうまく付き合っていくことができれば、少しは母の心が落ち着くのかも。とはいえどうしたらよいのか、はわかりません。手探りの状態が続きそうです。