マンション杭打ち偽装が広がりつつある。そんな中、「同じようなインチキは他にももっといっぱいある」という論調を見かけることがある。何次にもわたる下請け構造で、改善のための予算や策が取れない。問題があっても日程変更は許されず、現場がもみ消したりごまかしをしてしまう。
構造的な問題も背景の1つだろう。
しかし、この偽装問題、解決のために構造的な所にもメスが入るのだろうか?おそらく、そういう所には踏み込まれず、「より厳しい検査を」「よりしっかりした管理を」という方向になっていくのではないのだろうか。
日本製は品質が高く納期も守られなければならない。そのためには問題や課題はあってはならないし、あっても全員の総力で解決されなければならない。
ところが実際はそうではないところが、今回のくい打ちのようにたくさんあるのだろう。構造的な問題が背景にはあるのだろうが、構造にどっぷり浸かり続けていた年配者にはそこを変える気力はない。そして若い人達に「より厳しく」「より完璧に」を求めるようになって行きはしないか? 人口は減り、ノウハウは失われつつあるというのに、である。
品質神話が、日本の若い人を疲弊させそうな気がする。