でーれーすげーげー

岐阜県岐阜市に在住です。ブログ名は、岐阜市近辺の方言で、とても感嘆したときに発する言葉です。

葬式の話をひとくさり

この前の週末、母がまた葬式の話をひとくさり話していった。

母の知り合いで、世間からは「金持ち」と見られる家での話だ。奥さんと母が知り合いなのだが、その旦那さんがちょっと前になくなったらしい。

その葬式の様子を母が聞いてきて、私に話してくれた。何でも「簡素にやる」ということは決めていたそうだが、いざその場になるとやはりいろいろ聞かなければならなかったらしい。でも、その先が合理的だ。遺体安置場所を聞くと「公民館」が一番安いのでまずそこに連れ込んだ。

しかし、そこでは葬儀はあげられなかったのか、別の場所に移動させなければならなくなった。そのための車を頼んだらン万円もするのだが、場所としては近かった。昔の人だから兄弟が多い。「おい、みんなで担ごまい」ということで、棺桶を担いで葬儀場まで運んだ。

そこでも祭壇などは頼まず、写真と線香立て・ろうそくを乗せる台を用意しただけだった。花輪なども一切なしで、兄弟が持ち寄った花束を棺桶の上に載せただけだった。

新家(本家から分家した家)だったのでお寺のつきあいがなく、本家のお寺からお坊さんを頼んだら、伴奏の人まで来てしまったのが唯一の誤算らしい。断るわけにも行かないのでそのままお願いして葬儀をあげ、持ち寄った花束を最後のお別れとして詰め、また担いで火葬場に移動。本当に近い親族だけの葬儀をしたのだという。

「金持ちでつきあいも広いけれど、香典も花輪も一切なしだと」と母は大いに感心する。「私もそんなんでいいわ」といいだすが、果たして私にできるかどうかは不明。

ちょっと前に新聞に、今の葬儀業界の話を暴露した本が載っていたが、年配の人には非常に関心が高いことかもしれない。私まで感化されそうなのだが「そんな話をする事事態が不吉」などという人ももういない今、普通に考えてもよくなっているのかもしれない。

(ところで「ひとくさり」って岐阜弁か?。他の地域で通じるのかな?)